さようなら令和六年。だから総括。きょくにゃんはこの先生きのこれるのか。
長かったようで短かったような気がする令和六年もあと6時間で終わる。
今年一年良かったのか悪かったのか。なかなか評価が難しい年であった。ぼくは元々単純な性状であり、更に年を経る毎になお単純になっていく。そんなぼくだから充実感を得るのは容易く、かなり充実していたことはしていた。
資格試験のために勉強する毎日は、元来、勉強は好きな方なので、面白かった。だが、本命の宅建試験は滑ってしまった。勉強時間を長く取りすぎてしまい、かえって試験近くになってモチベーションが続かなかったことが要因と思う。不合格だったものの、手応えはあるので、来年も受験するつもりだ。
仕事の方でも、なかなか充実感を持ってやれていた。日々、自身のスキルの向上がぼくの自己肯定感を高めてくれた。
だが、ぼくのライフワークである苗字についての同人活動やYouTube活動はなかなかここ数年停滞気味だ。皆さんに上手く情報発信が出来ていない。苗字の何を伝えたらいいのかわからず、活動における軸がぶれている……というよりはもはや欠けている状態で活動などできようもない。
しかし、転機もあった。それがちもさんに誘われて制作した同人誌「アイドルマスターの苗字を語る本~REM@STER~」であった。本を制作するうちに、やっぱり苗字の分布や地域性、その種類の多様性や、歴史。地理や地形への深い関連。なによりも人間の名前であり、人間が扱うからこその文化や法律などでの人との関わり。それらすべてが興味深く、改めて苗字というのは面白いものだなと感じた。
毎年言っている気もするが、来年こそ皆さんに苗字の面白いお話を発信できたらと思う。
以下は業務連絡。
「アイドルマスターの苗字を語る本~REM@STER~」は令和7年1月-2月にBOOTHで再頒します。また、令和7年2月2日(日)に北海道札幌市で開催される同人イベント「Elysian45」でも頒布する予定です。
詳細は追ってアナウンスしますから、どうかお待ちを!
皆々様方!本年もきょくにゃんのご愛顧ありがとうございました!!!良いお年を!!
アイマスの苗字を解説する同人誌を作った!? こいつはすごいシロモノだ!
ぼくの住む北海道北部ではめっきりと冷え込み、風雪ともに厳しい冬の訪れを感じ、根雪の足音も間近に迫る今日このごろですが、みなさまいかがお過ごしでしょうか。
というわけで単刀直入に本題ですが、この度ちもさん(XID:@chimorium)のサークル「ちもりうむ」から
というアイドルマスターの様々なアイドルについての苗字を解説するというなんとも珍妙な同人誌を発行する運びとなりました!
2024年12月15日(日)、幕張メッセで開催される「THE IDOLM@STER M@STER EXPO」(アイマスエキスポ)Day2にて頒布します。配置番号は「O-3a」。ちもさんの池袋晶葉ちゃんグッズの頒布と展示もあります。
(ぼくは北海道に囚われているのでちもさんがいます)
内容としてはタイトルのとおり、アイドルマスターに登場するアイドルたちの多種多彩な苗字を解説していくという本です。2017年に発行した「アイドルマスターの苗字を語る本 THE SURNAMEM@STER」の大幅な増補改訂版となります。
アイマスのアイドルの苗字を解説することによって、苗字の地域性や歴史を知ってもらい、アイドルたちの出身地や人となりと絡めて考察してもらい、担当や推しのことをさらに深く理解する為の一助としていただくとともに、苗字の知識を広めていきたいという目的で制作しています!
前作
とっても素敵な表紙は「よしこ」( XID:@yoshikeizi)さんに描いてもらいました!
以下は本文サンプルです
B5判・96Pで、1000円で頒布いたします。
通信頒布は申し訳ありませんが今のところ未定です。
ぼくの住む北海道でも機会があれば何らかのイベントで頒布する予定です(発行サークルはちもさんの「ちもりうむ」ではなく、ぼくの「げんじつときょこう局」になります)
みなさんにアイドルマスターを通じて少しでも、苗字の面白さを知ってもらったり、担当アイドルに対しての理解を深めてもらうきっかけになればいいなと思います。
それではみなさん、2024年12月15日、幕張メッセでぜひ手に入れてくださいね!
よろしくおねがいします!!
渡辺巡りの旅に行ってきた(埼玉県鴻巣市・山梨県富士五湖)
普段ミョージシャンとして活動しているものの、北海道の奥に住んでいるので実際に本州でなにか調べたことはない。今回、本州に行く機会に恵まれて、なにか苗字の見識を深められるところに行きたいと思っていた。そういえば富士急ハイランドがある富士吉田市周辺の富士五湖地方は渡辺さんが非常に多いことで知られている。ぼくは本州の苗字集中地帯というのを見たことがなかったので、これを体験しに行こうと思った。そして渡辺にゆかりのある場所へ行ってみよう!!
ということで、まずは新宿駅に降り立った。
新宿駅のもともとの住所は「豊多摩郡淀橋町大字角筈字渡辺土手際」といった。江戸時代、この地には元々旗本の渡辺氏の屋敷があり、渡辺町と呼ばれていたようだ。
もう一つ、渡辺に縁があるのが、新宿駅の西側にある旧地名・角筈である。
町名としては廃止され、施設などに名を残す角筈であるが、古くに角筈を開拓した渡辺与兵衛の髪の束ね方が角や矢筈に見えたことから、地名が起こったと言われている。
角筈の北側の十二社熊野神社は紀州出身の鈴木九郎が勧請したというが、一節に渡辺与兵衛が勧請したものとも言う。
もっとも、鈴木は熊野信仰に大いに関係する苗字のため、渡辺与兵衛が実際熊野神社を開いたかは怪しい。
次に来たのは埼玉県鴻巣市。
鴻巣市箕田地区は、渡辺姓の祖とされる渡辺綱(わたなべ・の・つな 源綱)の出身地である。渡辺綱は、嵯峨天皇の血を引く嵯峨源氏の一族であり、武蔵国足立郡箕田村を領地とした箕田源次こと源宛(みなもと・の・あつる)の子である。源宛が綱が生まれる前に21歳の若さで死去し、綱は母方の祖父である源満仲(みなもと・の・みつなか 多田満仲)の婿である源敦(みなもと・の・あつし)に引き取られ、満仲の地元である摂津国(現・大阪府北部・兵庫県南東部)に移住することになる。そして摂津国西成郡渡辺(現・大阪市中央区付近)に住み、渡辺を苗字とした。(なので、本当は大阪にも行かなければならないが、それはまたの機会に)
まずは渡辺綱の祖父である源仕(みなもと・の・つこう)が勧請したという氷川八幡神社に赴く。
看板には渡辺氏の家紋、渡辺星がつけられている兜と、膝をついて謝る鬼が描かれている。これは実際、渡辺綱に鬼退治の逸話があることに由来するのだろう。渡辺綱は満仲の嫡子である源頼光の家来・頼光四天王の一人であった。頼光が四天王を率いて大江山に巣食う酒吞童子を討伐した逸話や、綱が今日の一条戻橋で銘刀髭切を用い鬼を切った逸話は語るまでもなくよく知られている。そのため、鬼は綱の子孫である渡辺さんを恐れているので、渡辺さんは節分に豆まきをする必要がないという話も語られているようだ。
次に来たのが箕田観音堂。源仕が源経基(みなもと・の・つねもと)から馬頭観音像を譲られ、この地に綱が安置したのが始まりという。
箕田の氷川八幡神社の裏手には綱が父親の宛の菩提を弔うために建立したと伝わる宝持寺がある。氷川八幡神社と共同で渡辺綱公千年祭という催しをしているようだ。
境内の横には墓地があり、全国渡辺会による嵯峨源氏の顕彰碑があった。
次に訪れたのは山梨県富士吉田市を中心とする富士五湖地方である。
富士五湖地方周辺は非常に渡辺さんが多いことで知られており、富士吉田市・南都留郡富士河口湖町、忍野村、鳴沢村、西桂町では最多姓である。人口の2割近くが渡辺さんという市町村も珍しくない。この集中っぷりで、山梨県内まで範囲を広げても、山梨県で一番多い苗字となっている。
甲斐国の渡辺氏は、『山梨県姓氏家系大辞典』によれば長慶天皇の供として従った渡辺氏が甲斐に土着したものと伝わる。戦国時代の甲斐武田氏の家臣にも渡辺姓のものは多い。少なくとも南北朝時代から戦国時代には、この地方で渡辺姓が多かったと言えるだろう。
まずは富士吉田市の福地八幡宮を訪れた。福地八幡宮は、誉田別命とともに渡辺綱を祀り、渡辺大明神とも呼ばれている。富士五湖地方の渡辺さんの氏神とも言える。
富士吉田市や富士河口湖町を巡ると、渡辺という名前を持つ企業も多く、渡辺さんの多さを示すため、撮ってきた看板を挙げる。
次に訪れた鳴沢村は人口の約3割が渡辺さんであり、日本で一番渡辺さんの割合が高い自治体となっている。
村議会の議員10名のうち、5名が渡辺さんだ。
鳴沢村でも渡辺名の企業は多い。
最後に本栖湖のほとりにある渡辺氏屋敷跡を訪れた。
渡辺氏屋敷の住人は渡辺囚獄佑(わたなべ・ひとやのすけ)。武田氏の家臣であり、富士山の御師としても活動していたという。もと八代郡精進村の住人であったが、武田氏に本栖の甲斐・駿河の警備の任務を命じられ、本栖に居住していた。
渡辺氏屋敷跡の裏手の森の中に囚獄佑の墓とされる石塔があった。
渡辺巡りのために、鴻巣から本栖湖までやってきて、一つの苗字の事跡を追い求めるというのは中々楽しかった。実際に生活する渡辺さんを実際に見ることで苗字についての見識も深まった気がする。本当はもう少しゆっくり回れればよかったのだがそれは今後の苗字旅の課題にしよう……。
ぼくが狂ったようにピアノを解体した理由とその理論
ピアノの思い出
「きょくにゃん、ピアノいらないかい?」
そう母方の祖母から電話がかかってきたのは10年前だったか、15年前だったか記憶は定かではない。しかし、貧乏性でタダのものなら何でも貰いたがるぼくのことだから「ちょーだい!」と即答したことは覚えている。
聞けば、祖母が引っ越すというので、母親の使っていたピアノを引き取ってくれればとのことだった。
父親の知り合いにトラックを手配してもらって、郊外の母方の実家を訪ねて男ども何人かでようやく荷台に引っ張り上げた。これがまた200kg近くあるため重労働だったのだ。もちろん下ろすときも重労働。怪我に気をつけて、そろりそろりと自宅に運び入れ、置ける部屋もなかったので廊下に据え置かれた。
「やったなあ。ピアノがただで手に入ったなあ。これでぼくもピアノが弾けるようになるなあ」
しかし、ピアノがただ手に入ったからといって、演奏するという習慣が簡単に身につくわけがなかった。最初のうちはきらきら星だとかそういう簡単なやつをやっていたが、その内ぼくは完全にピアノを持て余し、残念ながら母の形見のピアノは廊下の面積を悠々と圧迫するだけの存在となっていたのである。
ところで、このピアノ、一般家庭においてあるようなアップライトピアノのような形をしていたが、少し変わり種のシロモノであった。
その名も電気ピアノといい、普通アップライトピアノに入っているような響板が入っていない。ピアノというのは弦をハンマーで叩いて出た音を響板で共鳴させて大きい音が出る。しかし、この電気ピアノというやつは響板の代わりにアンプとスピーカー、磁気ピックアップが付いており、これらの電気部品で音の大小を調節できるという優れモノなのだ。
今から50年ほど前、高度経済成長により一般家庭の所得が増え、家庭にピアノが普及した。豊かさの証だったが、1974年にピアノ騒音殺人事件が発生するなど、騒音問題への関心も高まっていた。そのため、この音量を調節できる電気ピアノがどうやら注目されたらしいのだ。
ところが、取り回しやすい電子ピアノや電子キーボードが登場すると、見た目は普通のアップライトピアノと変わらなくごつい電気ピアノは淘汰されてしまった。
なぜこうくどくどと電気ピアノの紹介をしたか。それは処分をしようとタケモトピアノなどのピアノ買取業者ではこの少し変わったピアノを引き取ってくれなかったからだ。電気ピアノは調律を必要とするのはアップライトピアノと同じだ。だが、決定的に違うのは電気部品を使っていることだ。プラグにコンセントを挿して電源を入れなければ音が大きくならない(一応電源を入れなくても音は鳴るが響板がないため響かない)。一般的なピアノとは相違点があり、また製造から40年近く経っているものが多く、電気部品の劣化が問題になる。そのため、電気ピアノは超マニア向けの商品で買い取ってもらうのも難しいという問題があったのだ。
ピアノを壊そう!
ぼくは引き取って貰えないなら処分をしてもらおうと考えた。不用品回収業者に見積もりを頼んだが、10万円との試算を見せてもらい、目玉が飛び出てしまった。
やっとれん!わかった!もう自分で解体してやる!!!!!!!!!!!!
はずしてみた
調律をしやすくするために前側の板はたやすく外れるようになっているが
うわあこんなんなってんだあ
なんだこれは鍵盤とハンマーだけでこんなにあるのぉ(あたりまえ)
これがこのピアノが普通のピアノではないことを示すアンプとスピーカーである。弦を張るための金属フレームも普通のピアノと比べると小さい(らしい)
鍵盤も簡単に外れる。
ふと鍵盤の裏を見ると「金原」の印。金原は静岡県遠州地方の苗字で、特に袋井市から磐田市、浜松市にかけて激しく分布している苗字。江戸時代の遠州の庄屋にも見られる。このように苗字からも浜松市に本社を置くヤマハ製であることが明白であるとわかる。
鍵盤をすべて取り外してハンマーを外していく。
……え?
ひとつひとつ金属フレームにネジ止めしてあるってまぢ……?
これでだいぶつかれてしまった。
すべてのハンマーを取り外すと、弦を番線カッターで切っていく。このとき、弦が跳ねてきて怪我をしないように気をつけなければならない。何せ、音を出すために、ものすごい力で金属フレームに止めてあるのだ。切るたびに「バッチーン!」とものすごい音をたてて弾けていく。必ず長袖の服を着て、軍手を付けて、できれば保護メガネも着用してほしい。万が一目にあたったら大変だ。
お次に弦を止めるためのピンを取り外していく。これにはチューニングハンマーという一般的には調律に使う特殊な工具が必要となる(Amazonでポチった)
これで一本一本ピンを取り外すと金属フレームがむき出しになる。この金属フレームがピアノで一番重たい部品で、100kgほどになる。運び出しを楽にするには、切断して小分けにしたほうが良い。ディスクグラインダーがあれば、それで切断してもいいが、火の粉が出るので室内ではやめたほうがいい。ぼくは鉄鋸で一日かけて3つに切断しました……。
金属フレームさえ始末してしまえば、あとはネジを外してピアノのガワを分解していって、ノコギリで短く切って……。
はいこれでゴミとして処分できますね。
最初は手のこで切ってたんですけど普通にマメが出来て痛かったのでジグソーで切りました……。
というわけで、ピアノの解体は素人でも意外と簡単なので、もしピアノの処分に困っている人は自分で解体することも検討してみてもいいかもしれない。ただ、時間はかかるし(休み休みで1ヶ月近くかかりました)、ゴミとして廃棄する手間もかかるのでそこもよく検討してほしい。もちろん大抵の人はピアノに思い入れがあるだろうから、まずは譲ったり買い取ってもらったりできる人や業者を探してみてね。
使った道具
- チューニングハンマー(Amazonで1000円くらいのやつ)
- プラスドライバー(殆どプラスネジで止まってる。できれば電動ドライバー)
- マイナスドライバー(できれば大きいもの。接着剤で板が止まってる部分もあるので、マイナスドライバーを打ち込んで剥がしてもいい)
- げんのう(ゴム槌とかで良い。マイナスドライバーを打ち込むために使う)
- 鉄鋸(金属フレームを切断するのに使った。はずれないネジを切ってしまってもいい)
- のこぎり(ピアノの木製板を切ってゴミ回収に出せるように切り揃えた。できればジグソーやレシプロソー)
ゴミとして捨てる際にはお住まいの回収ルールに従ってくださいね。
お粗末さまでした。
さよならブロマガそして近況(はてなブログに移行しました)
ニコニコのブロマガというサービスが2021年10月7日で終了するという。そこではNeily Chronicleと銘打っていくつかのブログ記事を書いていたのだけど、なかなかぼくも貧乏性であって、今まで書いたものが消失するのは口惜しい。そこで、はてなブログに移行することにした。
アメリカの大富豪で「鉄道王」の異名で呼ばれたコーネリアス・ヴァンダービルト1世…の曾孫で、鉄道技術者として名を馳せたコーネリアス・ヴァンダービルト3世の愛称「Neily」と英国の新聞「Daily Chronicle」をかけ合わせた激シブな名前をつけられた前ブログ。2013年3月17日に初めて投稿し、それから約8年。20数個の記事しか書いておらずなんとも筆無精が露見するが、一方で「省みるといろんなことをやったなあ」と懐かしくもなる。
ぼくはもともと、日本の苗字の探求をライフワークとしており、また、苗字のことを沢山の人に知ってもらいたいことから、ニコニコ大百科やブログでいろいろな苗字の記事を書いたり、苗字の同人誌を書いたり、苗字系Vtuberとして活動してみたりいろいろな活動をしてきた。これからも苗字シャン(ミュージシャンみたいなやつだ)としてそういう苗字活動や、その他にも歌を歌ったり動画作ったり色々なことをしていきたいが、最近はパンを得るための労働に勤しみ、忙しかったりして停滞中である。そういったweb上の活動ができない状況は「みんななにもつくらないぼくのことどうでもいいよな……わすれられたくないな……」という焦燥を生んでしまい、なかなかしんどいものがある。
しかし、自分の中では日々の充実がある。それは労働によって、お金を稼いでしっかり生活できているという充足感と、現在資格取得にハマっており、勉強して自分の身になっているという充足感があるからだ。
きょくにゃんはやりたいことブレブレなので、キャパシティを超えてしまう。でもぼくは元気だし、焦りはあるけど充実してるし、またぼくが活動に本腰を入れる時を待っていてほしい。きょくにゃんは不滅なのだ。
千葉県と東北地方は苗字の分布がかぶってるかどうか考えてみた
千葉県が、というよりは関東地方が、だと思います。佐久間はたしかに、実数では福島県より千葉県に多くあります。全国の佐久間さんの内、2割近くが千葉県にあり、千葉県に集中する苗字と言っていいでしょう。
ただ、及川は神奈川県や東京都にも多く、確かに千葉県に多いけれども飛び抜けて多いというわけではありません。佐久間にしても、千葉県にかなり集中していることは確かですが、関東地方に広く分布しています。
東北地方は関東地方やその付近の地名を苗字とした武士団の移動によって、関東地方の地名を由来とする苗字が多く分布しています。(cf.下記動画)
代表的なのは、宮城県や秋田県などに多い三浦(現在の三浦市が由来)とか、岩手県や宮城県に多い千葉(現在の千葉市由来)、岩手県、宮城県に多い熊谷(現在の熊谷市由来)とかですね。これらは発祥地の県にものすごく多いというわけではありませんが、関東地方でも普通に見られる苗字です。ただ、たしかに関東地方は首都圏で人口の流入が激しいので、比較的最近になって増えたのかなという点も考えておかなければなりませんが。
他にいくつか例を挙げると、青森県や秋田県に多い奈良姓は、現在の埼玉県熊谷市の奈良という地名が由来ですが、埼玉県北部や群馬県に現在も奈良さんが比較的多いです。秋田県・青森県に多い浅利姓は(関東地方ではありませんが、)山梨県中央市浅利の地名が由来です。これも山梨県に一定の分布があります。
佐久間は現在の千葉県鋸南町の佐久間という地名が由来です。なので、千葉県に多くても不思議ではありません。及川の場合は、由来は現在の兵庫県の地名だといいますが、現在地はよくわかりません。ただ、推測ですが、匝瑳の地を経由して増えたとは考えられますよね(ちなみに匝瑳市の及川さんは「およかわ」と読みます)
九州の苗字の分布傾向を解説してみた
マシュマロでこういう質問が来たのですが、
Twitterではちょっとまとめきれないのでブロマガにまとめます。
九州特有の苗字の傾向をお知りになりたいということですね。なるべく絞って書くようにしますが分かりづらかったらごめんなさい><
九州は各県で苗字の分布している傾向が違います。各県で個性が違うのですが、大きくざっくりと系統を分けるなら
- 九州北部(福岡・佐賀・長崎・熊本):江頭など「江」。江副など「副」。納富など「富」。岩隈など「隈」。石丸など「丸」。光武など「武」。池永など「永」のつく苗字が多い。
- 大分県:佐藤・後藤・阿部など東日本で見られるような苗字が多い。
- 九州南部(宮崎・鹿児島):有村など「有」。松元など「元」。上園・上薗など「園」「薗」。福留など「留」。大迫など「迫」。下水流など「水流(つる)」の付く苗字が多い。
- 奄美諸島:栄や朝、福など一文字の苗字が多い。
のようになります。個性的なんですね。
なので、九州全体に多いという苗字となると中村とか田中とか前田とかなのですが、これは他の地域にも多い苗字ですよね。
何県かにまたがっている苗字を挙げるなら古賀です。古賀は福岡・佐賀・長崎に集中する苗字で九州に全国の80%近くが集中しています。熊本県に多い緒方も九州に70%があります。黒木は全国世帯数ランキングベスト100にも入ってないのに宮崎県で最多姓となっている苗字です。これらは全国世帯数も多い苗字なので、九州を代表する苗字の一つと言って良いのではないでしょうか。
九州北部の福岡・佐賀・長崎は結構共通する苗字が多いです。江口、鐘ケ江・井手などがそうですね。宮崎県から熊本県にかけて多い林田や、大分県から宮崎県にかけて多い甲斐、宮崎県から鹿児島県にかけて多い日高も九州っぽい苗字ですね。
九州各県の苗字でその県に集中する苗字を挙げると
- 福岡:八尋(やひろ)、野見山(のみやま)、波多江(はたえ)
- 佐賀:副島(そえじま)、陣内(じんのうち/じんない)、百武(ひゃくたけ)
- 長崎:岩永(いわなが)、三根(みね)、阿比留(あびる)
- 熊本:有働(うどう)、赤星(あかほし)、紫垣(しがき)
- 大分:衛藤(えとう)、岩男(いわお)、財津(ざいつ)
- 宮崎:長友(ながとも)、岩切(いわきり)、椎葉(しいば)
- 鹿児島:伊集院(いじゅういん)、海江田(かいえだ)、是枝(これえだ)
- 奄美:恵(めぐみ)・慶(いわい)・与(あたえ)
とかですね。あくまでもごく一部なんですけれども。
もっと詳しく知りたければ、ニコニコ大百科の「日本の苗字分布」という記事(ぼくが書きました)や、この記事に挙げられている書籍、サイトなどもご覧くださいね!