関東地方の異表記が多い苗字についてまとめたり考えたりしてみた
茨城県坂東市付近には、張替(はりがえ、はりがい)と言う苗字が非常に多く、坂東市で3番目に多い苗字となっており、全国の約3割の張替さんが坂東市に存在している。
普通名詞のようにも見えるが、由来は「張り替え」とは違う。恐らく「開拓した谷地」という意味の「墾(はり)が谷」が転訛したものだ。茨城県南西部付近には針貝(はりがい)や針ケ谷(はりがや)など似たように発音する苗字が多い。似たような地形・地名から発祥したか、同族だったのだと思われる。今、「はりがや」系列の苗字をまとめ、その苗字が最も多い市町村を記していくと
はりがい系列の苗字
- 張替(はりがえ、はりがい):坂東市で最多
- 針谷(はりがや、はりがい、はりや):古河市で最多
- 張谷(はりがい):坂東市で最多
- 針替(はりがえ、はりがい):坂東市で最多
- 針貝(はりがい):猿島郡境町で最多
- 張貝(はりがい):取手市で最多
- 針ケ谷(はりがや):埼玉県所沢市で最多
- 張ケ谷(はりがや):千葉県柏市で最多
- 張ケ井(はりがい):千葉県松戸市にある
「~たに」と言う読みは外している。
と、結構なイキオイで異表記が多い。関東地方にはこのように異表記が多い苗字がよく見られる。
茨城県などでは「はりがい」系の苗字の他に「あまがい」系の苗字もある。
あまがい系列の苗字
- 雨谷(あまがい、あまがや、あまや):東茨城郡茨城町で最多
- 天海(あまがい):栃木県佐野市で最多(茨城県ではひたちなか市で最多)
- 雨貝(あまがい):水戸市で最多
- 天貝(あまがい):土浦市で最多
- 雨海(あまがい):つくば市で最多
- 天下井(あまがい):常陸太田市で最多
- 天賀谷(あまがや):桜川市で最多
- 天ケ谷(あまがや):下妻市で最多
- 雨甲斐(あまがい):結城市で最多
- 雨ケ谷(あまがや):小美玉市付近にある
- 天下谷(あまがや):栃木県佐野市にある
と、これも多い。なぜこれらの苗字の表記は殖えたのだろう。理由は例のごとくよくわからない。このように表記を変えるというのは本流(本家)、支流(分家)の区別をする為。とよく言われるが…。ここまで異表記が多いと却ってよくわからなくなりそうなものだ。
その他にも異表記が多い関東地方付近の苗字を幾つか挙げる。
なまため(なばため)系列の苗字
(だいたい茨城・栃木県北部から福島県南部に分布する)
- 生田目:福島県いわき市で最多
- 生天目:茨城県笠間市で最多
- 青天目:福島県いわき市で最多
- 生畑目:茨城県石岡市で最多
- 天生目:各地に分布しており、際立つ分布地はない
- 天女目:栃木県さくら市にある
- 名畑目:栃木県那須烏山市で最多
- 那波多目:東京都にある(画家の那波多目功一は茨城県ひたちなか市出身)
※読みはほとんどが「なまため」「なばため」のため割愛。一文字目が「生」の字の場合「いくため」と読むこともあるが稀
この「なまため」系姓は栃木県芳賀郡益子町生田目の地名から発祥したとされる。この地名は現在でも「なばため」と読む。マ行の音とバ行の音はよく混同される。例えば、「さむい(寒い)」が「さぶい」になったり、「ほおかぶり(頬被り)」が「ほっかむり」になったりするようにだ。生田目姓はそのため「なまため」「なばため」と二通りの読み方になったのだろう。この記事の趣旨とは外れるが、愛媛県の曽我部(そがべ)と十亀(そがめ)も似たようなものだと思う。
このマ行音とバ行音の交替が見られるのがもう一つ、ためがい(たべい)系列の苗字だ。
ためがい系列の苗字
(群馬・栃木・埼玉・茨城県付近に分布する)
- 田部井(たべい、ためがい):群馬県伊勢崎市で最多
- 為我井(ためがい):茨城県結城郡八千代町で最多
- 為谷(ためがい、ためや):群馬県渋川市で最多
- 為貝(ためがい):埼玉県本庄市で最多
- 集貝(ためがい):埼玉県幸手市で最多
- 田米開(ためがい):栃木県足利市で最多
- 為ケ井(ためがい):埼玉県行田市で最多
- 溜ケ谷(ためがや):埼玉県加須市などにある
- 田部谷(たべがい):栃木県佐野市で最多
- 溜井(ためい):茨城県常総市などにある
「溜井」は「ためがい」系列姓か確証はないが、関東地方に多いので入れた。
あさみ(あざみ)系列の苗字
(埼玉県秩父地方から群馬・栃木県南部にかけて分布する)
- 浅見(あさみ、あざみ):埼玉県秩父市で最多
- 浅海(あさうみ、あさみ):埼玉県秩父市で最多
- 阿佐美(あさみ、あざみ):群馬県前橋市で最多
- 阿左美(あさみ、あざみ):群馬県みどり市で最多
- 阿佐見(あさみ、あざみ):群馬県伊勢崎市で最多
- 阿左見(あさみ、あざみ):群馬県太田市で最多
- 朝海(あさうみ、あさみ):栃木県足利市で最多 ※「あさかい」とも読む。→朝海浩一郎
- 浅美(あさみ):埼玉県入間市にある
- 浅味(あさみ):埼玉県所沢市にある
- 薊(あざみ):群馬県前橋市で最多
- 莇(あざみ):埼玉県越谷市に多い(最多は千葉県印旛郡酒々井町)
- 生明(あざみ):埼玉県羽生市で最多
- 朝見(あさみ):埼玉県鴻巣市に多い(最多は大分県大分市)
なお、浅見と言う苗字は愛知県尾張旭市にも比較的多いが、これは同地の朝見姓と通用するようだ。尾張旭市には渋川神社があり、その社家が朝見氏であった。
ちぎら系列の苗字
(群馬県付近に分布する)
- 千明:群馬県渋川市で最多
- 千木良:群馬県渋川市で最多
- 千吉良:群馬県伊勢崎市で最多
- 千喜良:新潟県南魚沼市で最多
- 千装:埼玉県比企郡鳩山町で最多
- 千金楽:群馬県邑楽郡邑楽町などにある
- 千輝:群馬県高崎市などにある
ほうしど系列の苗字
(栃木県付近に分布する)
と、関東地方の異表記が4種類以上ある苗字の代表的なものをまとめてあげてみた。その他、埼玉県の「あすま(遊馬、飛鳥馬etc...)」系の苗字や、埼玉県・東京都の「ひるま(比留間、昼間、蛭間etc...)」系の苗字、茨城県の「さかより(さかいり)(酒寄、坂寄、坂入etc...)」系の苗字など関東地方では異表記の多い苗字がたくさんある。
異表記が多い苗字というのは何も関東地方だけのものではない。静岡県付近の「かつまた(勝股、勝俣、勝又etc...)」系の苗字や、東北地方の「しょうじ(庄司、庄子、東海林etc...)」系の苗字などもある。だが、これだけ狭い地域に幾つもの幾つもの異表記の同音の苗字がある というのは関東地方で特に顕著だ。
なぜ、表記を変えるのかといったところにも謎が多い。今後、もう少し深く調べたいと思う。
それにしても「千装(ちぎら)」は無理ゲーな読み方だ…